· 

行き当たりバッタリの人生だけれど

2期のときに描いたライフパノラマ、当時30代半ば(!)。まん中の巨大プリンは、いったい・・・?
2期のときに描いたライフパノラマ、当時30代半ば(!)。まん中の巨大プリンは、いったい・・・?

 「大きくなったらなにになりたい?」という質問が苦手だった。

 うんと小さかったころは、「かんごふさん」みたいなありきたりなこたえを言って、お茶を濁していた(まかりまちがっても、「およめさん」とは言わなかった・・・はず)。その後も、なりたいものもやりたいことも、はっきりとはわからないまま、大人と呼ばれる歳になってしまった。

 確かに、語学に興味があってあれこれかじったり、文章を書くことが好きだったりはしたが、そういうものを進学や就職に生かす度量はなかった。将来の夢というほどではない「そのときの自分の思い」さえも、叶えられたことはそう多くはない。

 

 そんなこんなで、そのとき目の前に現れた乗りものに、行き先もわからないまま飛び乗ることを繰り返して、たどり着いたのが今ここ、というわけだ。

 決して思いどおりだったとはいえず、それどころか絶対に向いていない仕事をしているし、「こんなハズではなかったのに・・・」ということばかりで、人生の半分以上が埋め尽くされてしまった。

 でもそのおかげで、なににも代え難いすばらしいものに出逢えた、ともいえる・・・つまり、バイオグラフィーワークと、そこにつながるたくさんのなかまたちと。

 もしかしたら、私が強い意志をもって「こうなりたい!」という思いを実現していたとしても、ここにたどり着いていたかもしれない。でもそれはタラレバの話。

 

 そのムカシ、ある人が、アントロポゾフィーを学ぶと人生がドラマチックになる、と言っていた。当時の私にはその意味がよくわからず、「?」のまま時が過ぎた。今となってはそれがどういうことなのか、よくわかる。

 

 バイオグラフィーワークに出逢ったことで、私の人生は自分ひとりで生きるよりも、はるかに彩り豊かなものになっている。私自身の人生と、私ではない私(他者)の人生の両方を、まだまだ拙いけれど少しずつ育ってきている私の心で受けとめるとき、それはドラマチックというほかないものだ。

 行き当たりバッタリでここまで来てしまい、将来の夢・・・もうそろそろ、その「将来」になっていてもよいころだが、それがなになのか、未だにわからないままだ。でも、それさえもドラマチックなのだとしたら、行き当たりバッタリもまたよし、かもしれない。

 

(vol.25▶山崎 禎子/関西/2期

 

※次回は、奥野 美和子さん(関西/4期)のリレーコラムです。どうぞお楽しみに。